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空の色、夢の中。

また今日と同じ今日が来る

It's good to be bad

 

 

 

It's good to be badについて、今さらながら。

 

今までの嵐の曲とは少し違うイントロがすごく好きで、その歌詞も好きで。ずっと書きたいなと思っていたけれど、その感情が爆発したので今ここに綴ることにします。個人的な思いです。

 

まず曲名のIt's good to be badという言葉。たまには悪になるのもいい、というような意味だと思うけれど、このメロディーを聴いて歌詞を見た時点では意味が分からなかった。誰か女性を騙すような、翻弄するような歌詞でもないしメロディーが遊びまくっているわけでもない。何だろう?と。むしろ真面目な、これからの未来に向けて強い意志を持っていこうぜみたいな曲に感じたから。でも、よくよく歌詞を見ていったらこういうことかな、と思うことがあった。

 

冒頭。「夢の自覚すらもない」「尖ったハート」なのか、それとも夢の自覚すらないというのはただの状況描写なのかがわからない。でもその後は「尖ったハート」の「隙間狙う」「愛なきフレーズ」→「既にある感情は」「knocks me down」だと。愛なきフレーズというのはきっと色々なところで転がっている言葉だろうな、と。それによって警告が鳴り響く。

 

 翔さんが「繰り返すカルマ 投げられたサイは」と歌っているのがぐっとくる。カルマとは善因善果、悪因悪果を表す言葉だそうですね。その前で「辛辣」という言葉がある通り、おそらく厳しい状況である。あとここで気になったのは「サイ」とカタカナ表記なこと。文脈からするとサイ=賽でありさいころのことかと思うのですが、同音で「綵」という五色の絹を表す漢字があるのを見つけてしまい。きっとないだろうなと思うけれど、もしそういう意図があったらすごいなと思った。

 

サビ。「夢はリフレイン 降り注ぐ」とあるのが、冒頭の「夢」の言葉とリンクする。夢は何度も繰り返し降り注ぐから、夢の自覚すらないという意味なのかもしれない。夢という曖昧な言葉を打ち消すかのように「偽りなく加速する」と言葉が紡がれる。そして「曖昧な思いなんてないさ」がくる。2番のサビも含めて、この曲は「思い」というものを大事にしている曲のような気がする。それについては後々書きます。最後に極めつけかのように「振り返らず いつか出会う」「未来へ」(夢は何度も繰り返すから)だから「Please stay with me(=僕と一緒にいてよ)」、「Just dance!(ただ踊っていよう、それだけでいいから!)」と。

 

 2番頭。「揺らめいた視界に 浮かび上がるのは あの日の shooting star」とあり、これは昔を思い出しているのかな…と。shooting star=流星。ここから星の描写が多くなる。ただ、ここの「流れつく to your heart」の意味がいまいちつかめないんだよなぁ。「流れつく」というところに意味があるような、勘違いなような気もしてる。

 

2番サビ。「一度じゃなく」「掴み取る」というのが彼らの姿と重ねてしまう。そしてその後の「さんざめく星屑のようにいつまでも燃えている」「限りなく 美しく」というのは最初の「my life」にかかるのではないかと。ここで星屑をさんざめく(=大勢ににぎやかに騒ぎ立てる)と表現したのが、(星「屑」と表現したからまた違ってくるのかもしてないけれど)メロディーの雰囲気もあり、星のきらきらした印象があまり伝わってこないのが何だか一筋縄ではいかない、何か意図が込められている気もしてしまう。そして、この曲のすべての思いがここにつまっているのではないかと個人的には思っているフレーズ。

 

「誓っていい 思いは時間を 超えられるから」

 

「絶対」とも「たぶん」とも言わない、「誓っていい」という意思。そして「思いは時間を超えられるから」という言葉。ここを聴くと、これがJaponism Showの映像の音楽として使われていたこともあって、どうしても今までのジャニーズの歴史に思いを馳せてしまう。先輩方の思いは時間を超えてここまで届いています、そう信じてますよ。誓えますよって。この曲のCDはJaponismが発売される一か月前に発売されていることを考えても、何となく思ってしまうことがたくさんある。そして最後。「Oh めぐる星が描いた 流線をいま辿ろう」という歌詞。流線とは、先輩が通ってきた道じゃないのかなぁとJaponismを振り返ると感じる。そうだとしたら、shooting starとはきっと先輩方。昔見ていたあの日の姿。そう考えたら、なんて壮大で難しくて「Japonism」というアルバムに繋がるカップリングなんだろうって思った。

 

最後に。悪というのは「諦め リタイヤが ダメージ少ないかも」ということなのかな、と。諦める・リタイヤするという「予想」「妄想」がデンジャラスだと言っているけれど、これを行わない・壊していこうぜとは歌っていない。これを見たときに「何度だって」の「大人になることと引き換えに 諦めることだって覚えてきた」という歌詞を思い出した。「何度だって」が収録されているのは「青空の下、キミのとなり」だから、当曲が収録されている「愛を叫べ」の一個前の作品。「何度だって」でそう言っておきながらまだもがいてどうしよう?という風に戸惑っているのに対し、「It's good to be bad」では想像だの妄想だのと余裕で言ってのけて、それをどうするとは明らかにしていない。成長と言えば聞こえはいい。オトナに染まったと言えば聞こえはあまりよくない。どっちかなんてわからないけれど、こうやってこれ見よがしにぼやかして歌っているところをみるとこんなものはどうでもいいのかもしれないね。たまには諦めるのもリタイヤするのも悪くないよってことなのかもしれない。一方で、もしかしたら「諦めたりリタイヤしない」ことが「悪い」ことになるのかもしれないなとも思う。たとえば「年齢」ということに対して妥協したり諦めたりしないとか、後輩に対して自ら道を退いて譲ったりしないとか。外から見た場合、ファンじゃない人から見た場合、どうなるのかなと考えたらもしかしたら悪とまではいかなくても険しい顔をされているのかもしれない。でも「俺らはそんなの関係ないよ、そんな予想も妄想もただ危険なだけでしょ?」って悪い笑みを浮かべて貪欲な精神で突き進んでいる彼らが見える気がして。これらはすべて想像だしましてや彼らが歌詞を書いたわけでもない。だからただの想像で妄想で、そうあってほしいという私自身の願望が大きく反映されているわけだけど、そう思ったらなんだか泣きたくなったし、「曖昧な思いなんてないさ」「誓っていい 思いは時間を超えられるから」と言い切った彼らについていきたいなと心の底から思いました。

 

 

これは本当に個人的な解釈です、あしからず。

最後まで読んでいただきありがとうございました。